星野源『POP VIRUS』|アイロンに最適な音楽を求めて vol.02

 いまだにCDを買っている。自室で音楽を聴くときは、できるだけCDをプレーヤーで再生するようにしている。もちろん移動中はiPhoneでの再生になるし、家の中でもプレーヤーのない部屋ではCDを聴くことがない。でも、可能なら、家の中ではCDを聴くようにしている。

 昔(と書くと本当に昔話のような感じがする)、音楽を携帯するといえば、MDの出番だった。その栄華は短かったとはいえ、僕は高校時代がその全盛期とちょうど重なった世代だ。

 MDとは何だったのだろうかと、いまでも時々考えることがある。CDをせっせとMDにダビングし、学校への行き帰りにポータブルプレーヤーで聴いた。カナル型のイヤホンがなかった時代で、いまよりずっと電車の中では漏れた音が鳴っていたのだと思う。もう確かめることもできないが、その一端を担ってしまっていたのかと思うと、申し訳なさと恥ずかしさが入り混じる。

 アルバム単位ではなく、いろんなCDから曲を集めて、自分なりのベストアルバムやコンセプトMDを作ることもよくあった。それを友人や、当時好きだった女の子に渡したり、交換したりした。聴いていた音楽の幅はいまよりずっと狭かったし、持っていたCDも比べ物にならないほど少なかったけれど、音楽を聴くときの当時の高揚感は、いまはもう味わえない。それは、高校生という時代の特権だったのだろう。

 音楽はCDを買うか借りるかしかなかった(それより前はレコードだったが、その時代を僕はよく知らない)。そのうちダウンロード販売が始まり、いまはサブスクリプションサービスがどんどん広がっているらしい(利用しないのでよく知らないが)。ほかにも、YouTubeでMVを公開している場合もある。

 合法にしろ違法にしろ、音楽はどんどん形のない方式で提供される方向へ進んでいる。それでも、僕はいまだにCDを買っている。あの形のある、置き場を取る、いつか突然記録されたデータの再生ができなくなるのではないかとも言われているディスクを、プレーヤーにセットしている。そして実を言うと、僕はその自分の感性が、何より好きなのだ(さいわい、まだデータの飛んだディスクはない)。



 元号が切り替わる長い連休に、アイロンをかけた。昼間は有楽町から銀座、そして銀座から東京駅まで歩いて、帰省のためのお土産を買ったりした。銀座も東京駅の大丸も改札の中も人は多かったが、かといって極端に多いという感じもしなかった(結局連休はどこが特に混雑したのかわからないままだった)。

 夜になり、帰省先に送る荷物をまとめている途中で、アイロンのスイッチを入れた。集荷の前日の夜まで、帰省中にどの服を着るかを決めていなかった。

 シャツにアイロンをかけながら、帰省中に着る服について考えた。今回の帰省は4泊5日と長めだった。ただ、向こうで洗濯はできてもアイロンをかけられる保証はない。というか、アイロンについては最初から諦めていた。

 スピーカーからは、星野源の『POP VIRUS』が流れていた。いまや「THE」がつくほどのエンターテイナー(と呼んでいるのは僕だけなのだろうか?)のことを、いまさら僕が説明することもないだろう。とにかく、新譜が出たらCDを買うミュージシャンが、いまも何人かいる。星野源はその一人だ。


 彼の何に惹かれたのだろう。

 休日の夕方にテレビの再放送で聴いた「くだらないの中に」が衝撃だった。でもそれが確固たるものとなったのは、著書を読んで彼がプロデュースから編曲まですべてをこなしていることを知ったときだったように思う。自分が生み出すものを手放したくないんだろうな、という思いが伝わってきて、強く静かな憧れを持った。

 アルバムのブックレットの最後に、
「PRODUCED by 星野 源」
「ALL MUSIC & LYRICS WRITTEN by 星野 源」
「ALL TRACKS ARRANGED by 星野 源」
と書き記す誇り、そしてその覚悟に、僕は感動さえする。

 ひときわポップなこのアルバムを聴きながら、アルバムを通して聴くことの魅力を再確認する。一曲一曲を切り取っても魅力的だろう。でも「アルバム」というボリュームのある世界に触れることで、目に浮かぶ景色はまた違う豊かさを持つ。そこにはもっと奥行きのある世界が広がっている。


 連休三日目の夜。アイロンをかけていた。二日後の朝には帰省のために家を出る。

 星野源の歌う姿を見たのは、土曜日だったか、日曜日だったか、休日の夕方のことだった。僕は掃除をしていて、BGMがわりにテレビをつけていた。

 その頃に書いた文章をいまになって読み返すと、自分なりにけっこうきつい時期だったのだなと思う。二十代の終わり。多くのことは忘れてしまったけれど、なぜだか夕陽が差し込んだその休日の部屋の様子だけは、いまでもよく覚えている。

 そんなことを、星野源の音楽をBGMに、一人アイロンをかけながら思った。


──2019.4.29