1月1日|『水木しげる漫画大全集』を読む日々 vol.001

 天満宮には長い列ができている。

 短い参道には露店が並ぶ。お好み焼き、たこ焼き、フライドポテト、りんご飴、チョコバナナ、金が無駄になることがわかっていながら期待をせざるを得ないくじ引き、エトセトラ。

 参拝客の多くは、合格を祈願する人。県内中から集まっているのだろう。多くは車で訪れているが、臨時列車に乗って来る人も多少はいるようだ。天満宮前の狭い県道は、この時期だけ、車両通行止めになる。

 もちろん地元の人も訪れる。翌朝にはなくなるこの喧騒は、まさに一夜の夢で、この日、この時間にしか味わうことができない。参拝の列に並ばず遠巻きに眺めるもよし、露店を冷やかすもよし、もしかしたら偶然に会えるかもしれない地元の友人を探すもよし。


 天満宮のほとんど隣と言える場所に、もう一つの神社がある。

 天満宮からこの神社に続く道にもまた、露店が立ち並んでいる。以前と比べると、空きスペースが増えているような気がする。その煌々とした細い筋を抜けると、静かな境内の横っ腹に出る。

 ひっそりとした参道の先に、拝殿が見える。騒々しさと熱気から解放された目には、その光景が余計に厳かに見える。

 賑やかではないが、地元の人が絶え間なく参拝している。普段の様子と比べるなら、大盛況と言ってよい。

 我々の後ろを、信心深いギャルが歩いていた。ギャルは、同行者に参拝の作法を教えていた。こんな田舎にギャルがいることも微笑ましく思ったが、ギャルがこんな時間に氏神様を参るということを、何より好もしく思った。

 一隅で、火が興されている。パチパチと音が鳴り、時折りパーンと爆ぜることもある。火の粉が舞い、私はダウンジャケットに穴が開かないように、一歩下がる。

 神社の横は断崖になっていて、川が流れている。私の家はその川の向こう側にある。賑わいは、この川を挟んでまったく分断されている。彼岸と此岸。空の色は深く黒く、星が、いまはこの地を離れた私にとっては、信じがたいほどの数で瞬いている。


 2020年は、このようにしてはじまった。

 もちろん、今年はこの賑わいを、荘厳さを、寒さを、暗さを、味わうことはできない。

 私は、自宅で、地元から送ってもらった日本酒を飲みながら、ささやかに新しい年の到来を賀した。少なくとも、我々は生きて、2021年を迎えることができた。この感覚は、決してオーバーなものではないだろう。


 自宅近くの小さな神社を参る。

 火を興していた跡や、おみくじを売っていたような形跡が残っていたが、境内に人の姿はなかった。空は抜けるような青空で、気温は氷点下。手袋をしていても指先は冷たく、耳は痛い。

 この町で迎えるはじめての元日。二人だけで迎えるはじめての元旦。

 崖に続く道を行き、崖の上へと出る。

 正面に、富士山が見える。少し前まで黒かったけど、ようやく雪で白くなったね、と近所のおじさんが話しかける。

 いい年だったというには、2020年は悲しいことが多すぎた。それでも、日々の中に佳きことを見出さないで、生きていくのは簡単ではないだろう。

 2021年、はじめて元日に富士山を拝んだ。いつ見ても、特別な思いのする独立峰。一年を留保抜きに「いい年だった」と振り返ることは、いつだって難しいけれど、来年の元日は富士ではない山を見ていたいと、白い息を吐きながら、霊峰に祈る。