2月4日|『水木しげる漫画大全集』を読む日々 vol.021

 僕はまだまだ60年前の貸本漫画の世界にいる。

 なにしろ『ガロ』前夜といえる『忍法秘話』掲載漫画が収められた21巻まで、『水木しげる漫画大全集』はすべて貸本漫画時代で、さらに鬼太郎、悪魔くん、河童の三平の貸本版はそれ以外に巻を設けて収録されている。3月いっぱいは貸本の海に浸かっているだろう。海というより、沼のようなものかもしれないが。


 通巻003に続き、通巻004と005を一気に読んだ。

 通巻003にはデビュー年(1958年)に刊行された単行本3冊と、短編の少女漫画が収録されている。水木しげるの少女漫画だ。おもしろいかと訊かれれば無言になってしまうが、少女漫画は貸本の中でも安定した需要があったようで、水木しげるの仕事を選べなかった時期がしのばれ、その事実の方が僕の胸には迫るものがある。この巻の月報のインタビューでも、水木しげるはこの時代を振り返り、少女漫画は「やりたいわけじゃない」と回答している。朝ドラ『ゲゲゲの女房』でも、暗いエピソードとして出ていた。

 おもしろかったのはなんといっても怪奇物が収められた通巻005で、特に『墓の町』は、展開といい、結末といい、ユーモアといい、かなりのものだった。読み終わって、「名作だなあ」と一人つぶやいてしまった。いまからちょうど60年前の漫画だ。

 とある市が、墓場だった場所に市営住宅を建てたうえ、もともとあった墓をないがしろにしたことから、霊たちが怒り、その市営住宅を乗っ取るという筋立て。

 行方不明になった主人公格の男の息子が肉体を霊に乗っ取られて家に帰ってくるところからストーリーははじまる(両親は息子が霊にとりつかれていることを知らない)。

 様子のおかしい息子が夜中にどこかへ向かうのを男が追うと、そこには「墓の町」があった。だが、住人(つまり霊)の姿は、男には見えない。男から見れば、ただがらんとした町が広がっているだけだが、実はそこには町を埋めつくさんほどの霊たちがいて、男の姿を見ているのだった。霊たちは生きた肉体である男にとりつこうとして……。

 展開はスリリングであるし、結末もヒヤッとするものだ。何より霊にとりつかれた子どもの絵が怖い。大人が見ても不気味だと思う。

 それでも、随所に出てくるユーモアが、どこかとぼけた印象を与える。そこにしっかりとした救いがある。まさに水木ワールドいったところ。

 この巻の解説で近藤ようこさんが書いているように、これまで読んだ水木貸本漫画は、「ゆったりと進んで突然プツリと終わる」ものが多かったが、『墓の町』に関しては、かなりきれいにストーリーがまとめられていると思う。

 まとまっているといえば、通巻004の短編「サイボーグ」もよかった。サイボーグになった人間の悲劇を描いた話だが、終盤のほとんど音の感じられない世界は、読んでいて胸がつまった。

 ところで、この通巻004には『恐怖の遊星魔人』という単行本が収められているのだけれど、この本は入稿直後に版元の経営者が急死して会社が倒産し、長らく水木しげる自身でさえ出版されたのかどうかわからなかったのだという。その後、発行から30年以上経ってから「発見」されたが、なんとこのオリジナルの貸本は、2015年時点で3冊しか現存が確認されていないとのこと。貸本はその文化が消滅した後、価値が認められるまでは、簡単に捨てられたり、または二束三文で売られたりしていたというが、なかなかすごい話だと思う。




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【通巻003|貸本漫画集3 怪獣ラバン 他】

・『怪獣ラバン』暁星書房1958 ※東真一郎名義

・『怪奇猫娘』緑書房1958 ※東真一郎名義

・『スポーツマン宮本武蔵』綱島出版1958 ※東真一郎名義

・「雪のワルツ」(ナカムラマンガシリーズ『バレエ』第4集所収)中村書店1959 ※東眞一郎名義

・「かなしみの道」(ナカムラマンガシリーズ『バレエ』第4集所収)中村書店1959 ※東眞一郎名義

・「二人」(貸本アンソロジー『夕やけ人形』所収)兎月書房1962 ※水木洋子名義


【通巻004|貸本漫画集4 恐怖の遊星魔人 他】

・『地獄の水』暁星書房1958 ※東真一郎名義

・『恐怖の遊星魔人』暁星書房1958 ※東真一郎名義

・「ドギメンタリー怪談 永仁の壺」(『恐怖マガジン』1 所収)エンゼル文庫1960

・「ドキュメンタリー サイボーグ」(『恐怖マガジン』2 所収)エンゼル文庫1960

・「髪」(『恐怖マガジン』2 所収)エンゼル文庫1960 ※東真一郎名義

・「ショックな話」(『怪奇マガジン』No.2)東考社(ホームラン文庫)1965 ※エッセイ

※「ドギメンタリー」は原題ママ


【通巻005|貸本漫画集5 墓の町 他】

・『墓の町』曙出版1961

・『墓をほる男』文華書房1962

・『人魂を飼う男』文華書房1962

・「人魂の効能」未発表