2月9日|『水木しげる漫画大全集』を読む日々 vol.023

 整形外科に行くと、見たことあるのだけど最近見ていなかった人にリハビリに案内された。誰だっけと考えて、コロナ騒動がはじまる前に産休に入った人だ、と気がついた。僕もこの人を知っていたが、この人も僕を知っていそうな目をしていた。アナタまだ通ってたの、という目に、見えなくもなかった。気がつけば整形外科に通うようになって丸三年が経っていた。

 僕はもうしばらく五本指ソックス生活を送っている。五本指ソックスを履くようになった人間は、もう普通の靴下には戻れない(はずだ)。数年前までは足袋状の靴下(親指とその他で分かれているやつ)も履いていたが、それすらいまは履けないのではないかと思う。いわんや普通の靴下をや。

 整形外科のウォーターベッドには、当然ながら靴を脱いで上がる。操作板が足元にあるので、操作する人と僕の五本指が「こんにちは」する格好になる。いま履いている靴下は、それぞれの指の先端に色がついていて、けっこう派手だから、僕はここに横になるたび、少し恥ずかしい気持ちになる。でも、リハビリ担当スタッフの中に一人、五本指ソックス派がいるのを僕は知っている。その人はたぶん、僕のカラフルな指先を見て、こいつできるなと思ってくれているはずだ。


 さて、ウォーターベッドに横たわって、どうしてこんなに忙しいのかと考えた。そして気がついたのが(気がついてばかりいる)、昨年の1月、6月、11月に日記本を出して、今月にはその続きが出る。これはつまりジャンプコミックス並みの頻度だ。僕はフルタイムで別の仕事をしながら、そんなハイペースで本を作っていたのだ。しかも昨年4月からは〈週刊連載〉をこなしているのだッ!! とついつい、水木漫画ふうに右のこぶしを振り下ろしそうになった。

 こう書くとジャンプで週刊連載をこなしている漫画家たちに怒られそうではあるが、なんだかいつも忙しいのは事実だ。楽しいけど。

 しかし、じゃあこの〈週刊連載〉やJC並みの単行本出版がなくなれば忙しくなくなるのか、といえば、そんなことはないだろう。そのときはまた何か忙しそうなことを見つけるに決まっている。

 僕は、つまり性向として、〈いつも忙しそうにする〉人間なのだと思う。つまり、忙しそうにしたくて忙しくしている。忙しくすることに忙しい。「この人は忙しそうにしたいんだな」と思われる人間の一人が僕だろう。


 全集に出てくるかはわからないのだが、「いそがし」という妖怪が、水木しげるによって紹介されている。


 いそがしに取り憑かれると、やたらにあくせくとし、じっとしていると何か悪いことをしているような気分になる。逆にあくせくしていると、奇妙な安心感に包まれる。

(中略)

 現代はあまりにもこれに取り憑かれた者が多くて、これを憑き物といってよいのか判断が難しいほどである。

(『決定版 日本妖怪大全』水木しげる/講談社文庫/2014)



 僕にも「いそがし」が憑いているのだろうか。なんだかそんな気がする。

 体をほぐすウォーターベッドの上でさえ、あれこれ考えてしまうのだから、さすがにその10分ぐらいは、なーんにも考えないでいたいと思うのだけれど、いやはや、何も考えないようにする訓練が必要なのかもしれない。訓練のために、また忙しくなる。