読む記・観る記(1−後編)2月15日〜2月28日

『バスは北を進む』(せきしろ / 幻冬舎文庫)


 半世紀以上前の話ばかり読んでいて、目に映る世界が60年代然としてきたので、〈新しい本〉を読む。もっとも、新しいとはいっても、刊行は最近だが、北海道の道東で育った著者の記憶を思い出す内容がメインなので、ここでも70年代から80年代という過去を生き生きと感じることになる。

 著者と15歳以上の年齢差があり、育った土地も遠く離れているので、著者の見た光景は、僕にはわからない、あるいはわかったと思っても実際は外れているものがほとんどかもしれない。

 大事なのは、その「わかったと思う」ことだろう。せきしろさんの文章により、僕は僕自身の過去を思い出そうとする。思い出した自分自身の思い出を通して、せきしろさんの見た風景を見ようとする。

 あるいはそれは、思い込みを誘うものかもしれない。でも、思い込みだとして、だからどうだっていうんだ、という気もするのだ。個人的な思い出を、個人的な思い出で塗る。塗る側の記憶も、塗られる側の記憶も、事実とは異なっているかもしれない。過去は必ずしも鮮明ではない。であるなら、結果よりも、思い出すという過程に、大きな意味があるのではないか、と思うのだ。

 タイトルがいい。「バスは北へ進む」ではない。「バスは北を進む」。北に育った自覚のある人間の意識、あるいは矜持とさえ思えるものが、その一字に込められていると思うのは、僕自身が非都市圏に育った者ゆえの、思い込みだろうか。




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『MURAKAMI JAM いけないボサノヴァ』


 村上春樹がTOKYO FMで不定期に放送している『村上RADIO』。そのコンサートイベント『村上JAM』の二回目。一回目は2019年に行われたが、昨年は新型コロナウイルスの影響で開催はなし。今回も依然としてウイルスの影響がある中ではあったが、有観客+オンラインでの開催になった。開催の発表後に東京に緊急事態宣言が出たが、2月14日に予定通り開催された。

 今回はボサノヴァ特集。僕自身は、オンラインでのコンサートの観覧ははじめてだった。2018年に村上春樹がラジオをはじめたことも〈事件〉だったが、このように壇上でしゃべる姿をチケットさえ買えば誰でも見られたというのも、また画期的な出来事だった。

 僕はリアルタイムではなくアーカイブで視聴したが、期限までであれば何度でも観られるというのが、オンラインコンサートのいいところだ。

 もちろんそれは生の空間の完全な代替とはなりえない。けれども、たとえば争奪必至のライブやコンサートを、擬似的にでも体験する機会ができるのであれば、観る側としてはありがたいことだと思う。それに、おそらくもうはじまっているのだろうけれど、オンラインイベントを生のイベントの〈代替〉ではなく、オリジナルのものとして構築する動きが、今後もっと出てくるのだと思う。

 いずれにしても、ヘッドフォンで〈観る〉コンサートもまた、いいものだった。




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『水曜どうでしょう』

 ・釣りバカ対決 氷上わかさぎ釣り対決

 ・アメリカ合衆国横断

 ・72時間!原付東日本縦断ラリー

 ・シェフ大泉 夏野菜スペシャル

 ・ヨーロッパ・リベンジ

 ・ゴールデンスペシャル サイコロ6


 1月から『水曜どうでしょう』のDVDを夫婦で観ている。最初に妻の指名でユーコンを観て、それ以降は僕のチョイスで観る順番を決めている。

 「ユーコン川160キロ」の後は、「試験に出るどうでしょう 石川県・富山県」「四国八十八ヵ所Ⅱ」「試験に出るどうでしょう 日本史」「四国八十八ヵ所Ⅲ」と観て、試験に出るシリーズ最初の「クイズ!試験に出るどうでしょう」からの最初の「四国八十八ヵ所」へと戻った。

 このときに気がついたのが、最初の「試験に出る」に比べて、「試験に出るⅡ(石川・富山)」以降は、大泉さんが見違えるほどおもしろくなっているということだった。逆にいうと、まだ最初の「試験に出る」の時点では、大泉さんの初期の青さが残っている(余談ながら、北海道のスターから全国のスターへと駆け上がるその駆け出しの時期、札幌で大学生としてその様子を眺めていた影響で、僕はいまでも大泉洋のことを「大泉さん」と呼んでしまう)。

 ということは、この間に大泉洋という人物が飛躍を遂げる瞬間があるのではないか、いちどうでしょうファンはそう思い、「四国八十八カ所Ⅰ」以降は、作品を概ね発表順に観ていくことにした。

 具体的には、「(最初の)氷上わかさぎ釣り対決」「アメリカ合衆国横断」「原付東日本縦断ラリー」「シェフ大泉 夏野菜スペシャル」「ヨーロッパ・リベンジ」「サイコロ6」といった、豊穣の年といわれる99年モノの企画だ。

 この中で、作中で最も変化があったと感じたのが「アメリカ横断」で、これはインキー事件によってミスター(鈴井さん)の番組内での立ち位置が変わるあたりから、大泉さんの醸し出す雰囲気が少し変わるように思う。それまでの発言するにもどこか控えめな部分、大人たちへの遠慮が残っていた部分が、この後、原付東日本やシェフ大泉あたりからは、影を潜める。そして番組は、おもしろさを急速に増していく。アメリカ横断は企画として何か爆発力があったわけではないと思うが(僕自身はただ景色が流れるだけでもおもしろいと感じるのだが)、『水曜どうでしょう』という番組を考えたときには、一つのエポックとなる企画だったのではないかと思う。