8月12日|『水木しげる漫画大全集』を読む日々 vol.061「ヤマケイ」

 亡くなった祖父は本をよく読む人だったようで、若い頃は布団一式とりんご箱一つの荷物しか持っていなかったが、りんご箱の中身の多くは本だったという。

 登山をするようになって「山と渓谷」(ヤマケイ)を買うようになったが、古い号を捨てずに溜めていたところ、重量オーバーで本棚が崩れてしまったこともあったらしい。祖母は場所を取るので捨てたかったようだが、いつだかにテレビで遭難事故が報じられたとき、祖父が「この人はいついつのヤマケイに載っていた人だ」と言ってその号を読み返したことがあったようで、勝手に捨てたらバレると思って捨てられなかったそうだ。

 残念ながら、本棚を破壊したヤマケイの山は、今はもうない。


 山と渓谷社が「ヤマケイ文庫」を創刊したのは2010年のこと。僕がその存在を知ったのはつい最近のことで、最初に買った『定本 日本の秘境』(岡田喜秋・著)は2017年の第4刷だ。

 祖父から本を読む遺伝子は受け継いだものの、山に登る遺伝子は受け継がなかったので、「山と渓谷」本誌には接する機会を持たなかったけれど、旅や紀行、風土といったものに強く惹かれていた僕にとって、山と渓谷社の刊行物が魅力あるものだということを、遅まきながらに知った。

 『日本の秘境』もそうだったが、絶版本の復刊を多く手がけてくれていることが嬉しい。復刊されなければ知らないままで終わったであろう本の数々を、読むことができている。ガイドのような存在でもある。


 台風が通り過ぎた次の朝、祖母の家へと自転車を走らせた。

 空気が澄んで、空の青さが際立っていた。途中、畑の向こうに、富士山がきれいに見えた。久々に見る夏の富士は、黒く、冬よりも神々しさは薄れたが、威圧感は増しているように感じた。

 山に魅入られたら、いつか自分があの場所に立っているのかもしれない。そのありえるかもしれない未来、ありえたかもしれない現在を思うと、少し胸が苦しくなった。