快適な角川文庫ライフを送るための手引き

 住宅地に住んでいるので、そのへんを歩くといたるところにごみステーションがある。たいていのごみステーションはきれいなのだが、中には無法地帯と化しているところもあり、曜日を無視して出されたごみが回収されずに残っていたり、放置された粗大ごみがそのまま残されたりしている。

 誰か一人の無法者がいるのか、無法者の多いエリアなのか、無法者が一人いるとまわりも無法者になってしまうのかはわからないが、こういうのを見ると「荒れる学校」や「荒れる学年」といったものが頭に浮かぶ。

 僕が使っているごみステーションは長らく平穏な時期が続いていたのだけれど、最近になって曜日を完全に無視して空き缶が捨てられることが増えた。由々しきことだ。

 空き缶は袋にまとめられていて、中身はいわゆる「第3のビール」ばかりだ。

 「第3のビール」といえば、よく「まるでビールだ」というようなCMをしているけれど、いうまでもなく味は全然違う。利き酒をすればすぐにわかる。

 本当にビールのようだと思う人が「第3のビール」で満足することに苦情を挟む気はないのだけれど、まあ、僕は酔うために「第3のビール」を飲まなければいけないぐらいなら、素面でいることを選ぶだろう。

 何の話だったか。えーと、「好きなタレントが第3のビールのCMに出ているとがっかりする」という話ではなくて、ごみの話だった。

 かくしてここに最近の空き缶曜日無視捨て事件の犯人が僕でないことがこれで証明された。飲まない缶は捨てられませんよね。

 昔、その当時勤めていた会社の社員寮に住んでいたとき、ごみステーションにはいつも近所のおじいさんやおばあさんが立っていて、我々が捨てるごみを監視していた。よほど信用されていなかったのだと思うし、信用されるような人間たちでなかったのもたしかだ。監視したくなる気持ちもわかる。


 ところで唐突に話は変わって、最近、角川文庫の印刷の質にずいぶんと個体差があることに気づいた。有り体にいえば、妙に印刷の質が悪いものがあるのだ。いわゆる「版ズレ」しているような状態。

 最初、僕は自分の目のピントが合っていないのかと真剣に思った。疲れているんだなと思ってその日は寝てしまったけれど、翌日になってもちゃんと文字は不鮮明のままだった。

 100冊ぐらいの角川文庫の奥付をチェックしてみたところ、印刷が悪いのはすべて印刷所・製本所が「株式会社KADOKAWA」のものだということがわかった。逆にそれ以外の印刷所(具体的には暁印刷とか旭印刷とか)では印刷の粗いものはない。

 奥付チェックから推測するに、「株式会社KADOKAWA」は重版以降に使う印刷所で、初版は別の一般の印刷所のようだ。ただし重版すべてがKADOKAWA製というわけでもなく、一般の印刷所製のものもある。それにKADOKAWA製の本のすべてが印刷が悪いというわけでもない。

 たぶんだけど、「KADOKAWA」という印刷所は、所沢にあるカドカワのサクラタウンの印刷所(オンデマンド印刷)なのではないか。重版分の印刷がKADOKAWAだったりそうじゃなかったりするのは、刷り部数の都合ではないかと推測する。

 印刷の良し悪しにかかわらず、KADOKAWA製と他印刷所製ではページを開いたときの感じが若干違い、KADOKAWA製の方が開いた感じがやわらかい。紙の違いなのか製本の具合なのか何なのかはわからないけれど、他印刷所製の方がコシがある。たぶん文庫をよく読む人にはKADOKAWA製はちょっとやわらかすぎると感じられると思う)。「このやわらかさを待ってたんだ」という人も中にはいるかもしれない。

 100冊も見ていると、だんだんページを開いた瞬間に「これはKADOKAWA製だ」とか、「これは他の印刷所だ」とか、「これは文字はくっきりだけどKADOKAWA製の雰囲気がする」とかといったことがわかるようになってくる。利き酒ならぬ、利き印刷所のようなものだ。


 さて、版ズレ状態でも読める人は読めるんだろうけど、僕は読めないので、文字くっきり印刷を厳選して買う必要が出てくる。

 個体差を見極めるとなると、書店で実際に手に取って買うというのが一番確実な方法だ。あるいはネットで購入する場合は、初版は安全なので出版されてすぐに買うか、「初版」と明言している古本を買うかすれば事故は防げそうだ。

 これは「本は本屋に行って買いましょう」というカドカワさんサイドからの隠れたメッセージ、あるいは高度な誘導なのではないかと考えることもできる。そういえば、少し前にカドカワはリアル店舗で買った本だけを対象にしたキャンペーンをしていたことを思い出した……。

 というのは冗談だとしても、実際の話、僕はこの"事件"以降、角川文庫だけはネットで買う対象から外して、古い本でも現物を見て買うようにしている。「本なんて書かれているのは同じデータだからどこで買っても同じ」と見る向きもあるが、決してそんなことはなく、一つの固有のパーソナリティーを持った存在なのだ。


〔結論〕

 角川文庫を快適に読むための最善の方法、それは本屋で実物をたしかめてから買うことである。



 ところで、実際に印刷具合にどれだけ差があるのかを比べたかったので、同じ本の印刷所違いを2冊買い、スキャンをしてみた(この記事の下部にある画像です。いずれも左がKADOKAWA製)。

 ごみチェックのご老人たちもヒマだったのかもしれないが、こうして同じ本を版違いで買って比べる僕もヒマなのかもしれない。でも、ごみチェック老人がたぶん切実であったように、奥付チェック読者の方にも切実さがあるのだ。